芸術分野におけるAI

昨日、なんとなく「論文、読むか!」というテンションになり、google schalorで論文を読んだ。

AIに俳句作らせて、人間に評価させる。また、どれが人間が作った俳句で、どれがAIが作った俳句かを当てさせる。みたいな内容だった。

1.AIのみで作られた俳句

2.AIが作って人間が修正した俳句

3.人間が作った俳句

の3つの条件があった。

一番評価が高かったのは2らしい。次に3、最後に1。

これなかなか面白い結果だと思った。SNSとかでは、AIが大体の図案作ってそれに修正加えてはい完成、みたいなイラスト書いてる人が「AI画家」って馬鹿にされる風潮あるけど、結果で黙らせてる感じがして良い。

使えるものはどんどん使っていった方が良いと考える派です。

倫理的著作権的な問題については議論しなきゃいけないけど。

それで、どれがAI作か当てる方は、結果から言うとあんまり的中できなかったっぽい。

まあ俳句って5・7・5の17字しかないから当てるの難しそうだからしゃーないよね。

で、面白かったのが、

実験参加者がこれAI作だろって思った俳句の評価が、人間作だと思った俳句の評価より低かったらしいんだよね。

実際にAI作か人間作かは別問題として、

人間が作った俳句の方が高評価に値するって考えてる人が多いってことがわかったらしい。

これを「アルゴリズム嫌悪」って言うんだって。

ほえーーー。

ちょっと前に芥川賞を受賞した九段理江さんの小説「東京都同情塔」で、AIの文章がそのまま使われてるってニュースになってたとき、賛否両論あったのを思い出した。

「時代だね~」って受け入れてる人もいれば、

「自分で文章書いてないのに作家名乗れるのか?」みたいなことを言ってた人も。

僕は実際に読んでみたけど、物語の中に生成系AIが登場するんだよね。そのAIが吐き出す文章にAIが作った文章が使われてるって感じだった。

九段理江さん本人は細かいところは忘れたけど、お医者さんの話を書くなら、お医者さんに取材しますよね、AIの話書くからAIに取材しただけです。みたいなことをインタビューで言ってた。(このとき出した例はお医者さんではなかった気がする、うろ覚えです。)

九段理江さんはAIを特別視してないというか、あくまでツールの1つとして使っているという態度だったと思う。

小説の内容的にはAIの書く文章って味気ないよねみたいな感じなんだけど。

で、さっきの話に戻るけど、「自分で文章書けよ」って人もそのニュースのリプ欄に居て、その人に対して、「小説内のAIが生成する文章としてAIを使っただけで、本人が文章書くのが下手だからAIに頼ったという訳ではないですよ」って擁護してる人がいた。

まあ妥当な主張だなーと思ったんだけど、否定的な意見を持つ人が結構過激派で、

「そのAIが生成する文章も小説家なら自分で考えて書くべきだろ」みたいなことを言ってた。

ほーーーーなるほど。と思った。

(まあでもChatGPTとかClaudeとか自分で考えて文章出してるわけじゃないと思うけど。)

その人的には、AIが人と同等の知性を持っていて、それに頼るのは代筆者に頼るのとおんなじだ的な感じなんだろう。

AIの方が人間より優れてるところはまじでたくさんあるし、司法系の試験でアメリカの大学生の上位10%入れるとかセンターの社会は楽勝とか色々あるけど、

人間のすごさって入力されるデータ量がAIより圧倒的に少ないのにとんでもなく高度な思考ができて、っていうコスパの良さだと思う。

だから、まだ現状の技術だと、AIを使って色々作品作るのって、辞書とか、ネットの検索とか使うのとそんなに変わらないんじゃないかなーと僕は思う。

タイトルとURLをコピーしました